ひとはひと じぶんはじぶん
金持ちの人が羨ましいです。自分は貧乏な家に産まれて、頭も悪いし、結局安い賃金の仕事しかできませんでした。
他人の人生が羨ましい。自分の人生に満足できない
facebookやmixiなどでかつての同級生の近況を見たり、ブログなどで他の人の生活を見たりしていると、「いい人生を送っているなぁ」と羨ましくなります。
ですが、自分の人生に悩みがあるわけでもありません。ありがたい・恵まれていると思います。それでも羨ましくなります。
あの人は、あれができていて羨ましいなあ。でも自分はできない。ああ自分なんて・・・
あのひとは高級なもの食べて、私はそれの半値以下の食べ物・・・・
あの人と比べて自分はなんてちっぽけなんだろう
自分はなんて恵まれていないんだろう
自分なんてその辺のちっぽけな石ころですよ
高くて高くて買えない
本当に欲しい物だったら高くても努力して買うでしょ?
うちには無理だ・・・・
考える前から否定ですか?
などなど
正直こういう話聞きたくないです。
「必要以上に、他人をうらやましく思ったり、人と比較して自分に自信をなくしたり、落ち込んだりする必要なんて全然ないんですよ」
やすいだ
たかいだ
そんなの関係ないと思います。
努力もせず
ないものねだりで人をうらやむ
金がないから
こんないいものではなく安い物で済ませた
ないないないない
言い続けたらきりがないですよねwwww
そんなこと言い出したら
あたくしだって~ってなりますよ~
でも
そんなこといっても誰も助けてくれるわけでもないし
ご馳走してくれる
生活を豊かにしてくれるわけでもないです。
そんなこと言っていれば
本当の友達は逃げて生きます。
ごく一部の人を除けば
みんな努力しているのです。
体酷使する人
頭酷使する人
技酷使する人等々スタイルはそれぞれ違えど
成功者
もしくはそれなりの生活しているひとは頑張っているのです。
休みは休み
だって会社休みなんだもん~
休みは解った
暇だったらその時間何か頑張れないの?
だってさだってさだってさ~
言い訳行っている時間あったら行動しなさい。
あたくしはそう思います。
人が他人をうらやましく思っている部分というのは、表面の華やかな所しか見ていないからです。
それなりの結果出しているひとは、陰ですごく苦労している部分が必ずあります
困難なことに会うことで、人はその出来事から学び気づき成長する
人それぞれの悩みや苦しみがある。
自分のみているのは、その人の表面的な1部分にしか過ぎないということに気づくということ。
逆にね!
羨ましいと思った時が成長のチャンスかもしれませんよね!